Team BIWAKOGUMA Summer Tour 2017 “大九州一周” (1)

Team BIWAKOGUMA Summer Tour 2017
“大九州一周” まえがき

“”「二度ある事は三度ある」はたまた「三度目の正直」と言うべきか、
オテチの言葉を借りて言うと「とにかく嫌で嫌でたまらん」我が家の夏のツアーも、
早、今年で3回を数える仕儀と相成りまして候。””

“ですます調”で書くのは疲れるから、今回はやめた。

最初(2015)は、大阪から東京まで、京都・滋賀・岐阜・長野・山梨・埼玉と中仙道から秩父の山中を経由して約640kmを5日間で走り、去年(2016)は、大阪から博多まで、和歌山・徳島・愛媛・大分・熊本と、中央構造線伝いに四国を経由して約720kmを1週間かけて走った。
過去の記事

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「ゴール地点東京CCTYOにて2015年夏」
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「松崎氏と大分県日田周辺にて2016年夏」

そして今年(2017)は、2016年の続きと言う事で、博多から事を始める事にした。
「さて、、何処へ行こうか、、」
九州は、”まったく知らない土地”と言うわけでもないが、いざ「九州の地図を描いてみろ」と言われると途方に暮れる。特に長崎の形なんかは難解だ。やはり、結局の所はよく知らないのだった。
そう言えば、人生において長崎と青森には行った事が無かったから、とりあえず長崎は行き先に含めるとして、その先はイメージが湧かない。地図と睨み合う。しかし、よくよく俯瞰して見ると、バラバラだと思っていた海上の島々も、結構な確率で橋が架かっていて、島伝いに走って行けそうな雰囲気が分かっって来た。常々、オテチには、”日本のリアルな姿”を教えたいと思っていたので、ここはドーンと大きく出て九州一周をしてやろうと画策したのだった。コースにもよるが、延長1000km以上あるだろうか、、”ビワイチ”ならぬ”キュウイチ”だ。しかし、、このネーミングでは、いまいちスケール感に欠けるから、”大九州一周”と銘打った、、。
大げさな話しだ。路は可能な限り沿岸部を大回りして行く事にした。

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「”大九州一周”の企画書」

オテチには言ってないが、今年は、なんかうまいもんでも食ってやろうと思っている。

さて、”オテチ”。
2015年に始めて東京へのツアーに連れ出した時は、小学5年生のまだ儚げな小さな子供で、可愛げな分部も少しはあったが、中学1年生になった今年は、身長も170cmを越えていて、遠目の見た感じは大人と変わらなくなった。それでも胸板は薄くてペラペラだから、R社製ジャージのサイズはXSだ。着丈は幾分短めで、下がショーツだと背中が見えそうになっている。たぶん今回のツアー一回だけしか着れないと思う、、、贅沢な話しだ。

自転車は前回までのホイールが650cのヤツが小さくなったから、新しく700cのフレームを作ってやった。身長と手足の長さから算出すると、ワリと立派なサイズになったし、機械は、いっちょまえにオヤジとお揃いの”カンパニョーロ”製の機械を張り込んだ。しかし、ギアは34×32と言う”子供仕様”というチグハグな厨ニバイクに仕上がった。これで、毎回苦労する上り坂は、かなり楽なはずだが、、、贅沢な話しだ。

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「2015年のオテチ(650c)」
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「2016年のオテチ(650c)」
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「2017年のオテチ(700c)」

そして、近年では、オテチはカメラを向けると努めて変顔を作る様になって行くのだった。
「ふざけやがって、、このやろ」

Team BIWAKOGUMA Summer Tour 2017
“大九州一周” Day1

2017年7月29日吉日
慣例に従って、今年も電車に乗る事からツアーを始める。
慣例に従って、ジャージ姿での乗車だ。

特急料金をケチったので、博多に向かう新幹線は京都ではなく新大阪から乗車する。
指定料金をケチったので、のぞみの車両は自由席に乗る。自由席の車両は先頭から1.2.3号車だ。
3号車に乗車するとなると、ホームの端まで自転車を担いで歩く必要があるが、新大阪駅のJRホームからだと、それがはるか彼方となる。
JR東海と違って博多行きの便が少ないのに乗り換え時間があまり無かった。急いだ。いきなり体力を消費する。
ツアー初日の今日は、滋賀の家から佐賀の呼子まで行って”イカ”を食べる予定だ。素泊まりする宿はもう予約してあって、博多までは新幹線で行き、博多から呼子まで、玄界灘に沿って80kmほどを走れば、”呼子のイカ”にありつけると言うイージーなライドになるはずだった、、のだが、、。
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博多に着いた我々は、慣例に従って駅の構内で自転車を組み立てる。ツヨシはもう既にチャンネルが戦闘モードに入っていて、わき目も触れず突っ走るのだが、オテチのヤツは往生際が悪くモタつく。組み立てる場所の選択について、人目がどうのこうの、とウダウダ言うので一喝する。
「だれも我々の事など気にも留めていない、言ってる間に終わるだろう!!」
今回のツアーでは、”状況によってテンポをチェンジしなければならない事”を、徹底して教えようと思っているが、先が思いやられる。
自転車が組み上がると間髪入れずに街に飛び出した。もう待った無しだ。11:00を少し過ぎた博多の街は既に暑い。この所、西日本では、毎日当然の様に猛暑日が続いていて、心身共に準備不足な我々にとって、今日のライドは厳しい事になるかも知れないと予感させた。

呼子に向かう前に、博多でしなければならない事が2つある。
去年の事もあって、九州各地にも人の縁が出来たので、博多は素通りは出来ないのだった。

1.”原田製作所”に表敬訪問

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「志免町の原田製作所」

“原田製作所(SAMSON)”は、福岡空港の東側、新免町にある。フレームビルダーの原田氏には、自身の自転車作りにおいて、材料や技術の事で助言をいただいたりして大変お世話になっているので、九州到着のご挨拶に伺う。そして、今年のライド開始の報告をした。昨年のライドの折は、ここでライドを締めくくったのだった。原田氏から「昼食は、”フロータン”でカレーを食べるように」と指示を受ける。もとよりそのつもりだったのだが、博多地区での自転車関係繋がりの広がりを感じたのだった。
“原田製作所(SAMSON)”のホームページ

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「原田製作所にて2016年夏」
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「原田製作所にて2017年夏」

2.”フロータン”でカレーを食べる

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「フロータンでカレーライスの昼食」

“フロータン”は、この夏、中央区の平尾に新しくオープンしたカレーの店だ。オーナーは”アータン”と言う方で、今回が初対面だったのだが、昨年のライドの折にお世話になった丹野氏の縁者と言う事らしく、丹野氏がSNSで開店を告知されていたので気になっていのだった。残念ながら丹野氏は店に居なかったけど、アータンは、言葉の雰囲気で我々が関西から来たと言うのが判った様だった。
「あんたらやな、去年の親子と言うのは、、」「ハイソウデス」と、話しが早い。

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「フロータンの場所は路地の奥で分かり難し」

“フロータン”のホームページ
“フロータン”のFacebookページ
Atsushi Tanno PHOGRAPHY

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「丹野氏とオテチ2016年夏」
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「アータンとオテチ2017年夏」

さてさて、博多での用事を済ませると、ようやく”大九州一周”のライドをスタートさせる。
所謂”唐津街道”を通って行くのだ。唐津街道は、その昔、秀吉の朝鮮出兵の頃に活躍した道だから、ちょうど呼子の”名護屋城”まで繋がっているので、今日のライドに相応しい。福岡の市街を抜けると街道らしくなって来る。右側に海を望みながら西へ西へと進む。左側の緑は、夏の九州らしく濃い目だ。海の色は淡い色だった。沿岸を道路と鉄道が並走するのは日本に多い風景だし既視感がある。

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「糸島の辺り」
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「唐津湾の入り口で振り返ると糸島半島」

今日のライドにおいて、観光的な見所があるとするなら、なんと言っても”虹の松原”だろう。
虹ノ松原は、日本3大松原の中でもその規模においてはダントツに広く松の本数も多いと思う。知る限りでは長さで言うと沼津の千本松原が最長だと思うが、こちらは3大松原には数えられていない。
松林の真ん中を、約4kmに渡り車道が突っ切っている。自動車だとアッと言う間の距離だが、自転車だとその広さが実感出来る。立派な松林だ。

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「虹の松原」

虹ノ松原を抜けると唐津の街に入る。唐津城の城下町だ。
懐かしい、、。20代前半の若い頃、もう四半世紀前になるが、お侍が”時の太鼓”を叩くカラクリ時計を製作し設置した公園の現場があったのだった、、、と思ったら、まだあった!!
しかも、2015年の段階では現役で頑張っている様だった。
今では、バブルも遠い昔の事になりつつあって、その頃の仕事が残っている事も珍しくなった。
それが、現在も動く状態で維持管理されているとは、ちょっとした驚きだった。「やるな、唐津市。すごいぞ、唐津市。」当時、ヤングの自分としては、この現場に子供を伴って来る事になるとは、夢にも思わなかったし、感慨深い事だ。あれから25年かと思うと、ずいぶん歳もとったし、時間の流れを感じたのだった。果たして、オテチはどう感じたのだろうか、、しかし、反応は薄かった。
まあ、オテチにしてみれば、ここまでの疲れもあるし、だんだんと強くなる向かい風に辟易しつつある頃だったから、急にそんな事を言われても考える余裕は無かったのかと思う事にする。

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「唐津城」
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「唐津北城内児童公園にある”時の太鼓”」

“時の太鼓”ストリートビュー

唐津の市街を抜けた。唐津の西側の半島(東松浦半島)をまわり込んだ先が呼子の町になる。東松浦半島は、丹後の雰囲気に似ているだろうか、残りの距離は20kmも無い。本来なら1時間で着くと言いたい所だが、向かい風が吹き、オテチは疲れてしまって足が回らないようだ。時刻は17時、実を言うと”呼子のイカ”には18時と言うタイムリミットがあった。当初、楽勝ムードで余り気にしていなかったが、どこで時間を使ってしまったのか、いつの間にかギリギリになってしまっていた。焦る。下手をすれば”イカ”が”パン”になりかねない。オテチにムチを入れようとするが、眼が”無理”と言っている。開き直ってソロソロとコンスタントに行き、やっと呼子に着いた。途中、”アータン”お勧めのパワースポット”七ツ釜”を見物するつもりだったが、スルーせざるを得なかったのが残念だ。時刻は18時ちょうど、とりあえず宿に着いた。”イカ”には、遅参だと思っていたが、”イカ”のオーダーストップは正確には18時30分で、辛うじてセーフだとの事だった。とるものもとらず、再度自転車にまたがり、大急ぎで近所の”河太郎”と言うイカ屋に向かったのだった。

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「呼子を目指すオテチ」
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「呼子に着いた」
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「呼子、河太郎」
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「河太郎にて、イカ3杯で2人前」
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「お約束のゲソ天」

“イカ定食”お二人様で5千400円也、、、って「高いやんか、」幸か不幸か、オーダーストップに間に合ってしまって、ふたりは”呼子のイカ”を堪能した。まあ、今回のツアーの裏テーマは”九州の食”だから仕方ない、、。もう来年はふたりで旅をする事も無いだろうと思い、思い切って張り込んだのだった。

たらふく食って、復活したふたりは宿に帰り、風呂に入り、洗濯をし、散歩をして、そして長い一日を終えたのだった。ワリと疲れた。

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「呼子の夕日」
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「洗濯物は部屋干し」
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「レトロな町、呼子」

本日のグルメ
昼食、“フロータン”のカレー
夕食、“河太郎”にて”呼子のイカ”

本日の宿
呼子、ビジネス旅館 富士屋
素泊まり4000円ちょっと、部屋は座敷で広かったので良かった。

本日のライド
80kmくらいか、、坂はほとんど無し。

つづく

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